【ブログ】イギリス工場見学〜タータン生地ができるまで〜

Hitomi KiltmakerのShopで販売しているレディーススカートは、伝統衣装「キルト」に使われる生地と全く同じものを使用しています。その生地はすべて英国の工場から取り寄せたものです。

生地作りのその工程は、まさに細かな作業の連続。工場の職人さんたちが糸を一本一本巨大な機械にセッティングするところから始まります。

今回は、私がスコットランドに住んでいた際に、実際に工場を訪れ見てきた光景を、写真と共にお伝えします。

【イギリス工場見学】~タータン生地ができるまで~ 目次
(1)Warp – 経糸
(2)Weft – 緯糸
(3)Check – 検品
(4)Cut – 裁断


2018年某日

エディンバラから電車に揺られ約3時間

タータン工場の最寄り駅に着いた私を待っていてくれたのは、工場の社長と秘書さんであった。

「日本から来ましたヒトミと申します。今はエディンバラでキルト作りの見習いをしています。今回は工場見学のアポイントメントをいただきありがとうございました!」

はじめましての挨拶を早々に交わし車へ乗り込む。 ネイティブスピーカーとの車内の密閉空間で緊張した私は、自身唯一の取り柄である明るさ(だけ)を全面に、工場までの会話をつなぐ。

工場は緑豊かな山奥の美しい川のほとりに隣接しており、イギリスらしい赤茶色のレンガ作りの建物であった。まるで19世紀にいるかのような雰囲気だ。車から外に出ると10月にも関わらず極寒であった。「さっむ。」こっそりとつぶやく。

1. Warp – 経糸

機械に糸を一本一本巻き付ける様子

最初に案内されたのは、経糸(たていと)をセッティングするエリア。経糸は英語でWarpと言う。

実はキルト用のタータンチェックの生地に使用されている羊毛は、オーストラリアやニュージーランドから輸入されたもの。イギリスの羊の毛は、気候上雨風に晒される影響で、毛が硬くごわごわしており、現代のキルト生地にはそぐわないのだ。そのため、イギリスの羊はジャケットや帽子のツイード地に、またニット素材として使用される。

オーストラリアやニュージーランドで育った羊の毛は、柔らかく頑丈で、肌触りもよく一般の衣服に最適だ。この工場ではすでに染色された糸を取り寄せて、各タータンの柄に合わせ使用している。

大量の糸が積まれている様子

「なんだい、日本から来たのかい。」
とても陽気なおじさんが、経糸の作り方について熱弁してくれた。

まず最初に、今からつくるタータンに必要な色・量の糸をボビンに巻き付け、ビームという経糸をつくる機械までひっぱる。様子はこんな感じだ。

大量のボビン!

びょーん。

奥から手前へと糸をひきます

びょーーん。

とても陽気で親切なおじさん(経糸担当)

こちらがビーム(with おじさん)。
「端から端まで400本あるんだよ。」と電卓を使って丁寧に説明してくれた。さすがの私も400 (four-hundred) は聞き取れるよ!優しいね、おじさん、ありがとう!

おじさんの後ろにある巨大な筒がご覧いただけるだろうか。この筒がぐるぐると回り、経糸を一気に巻きあげるのだ。

別室にもう一台、より高性能なビームが置いてあるとのことで見学させてもらえた。four-hundredは聞き取れたが、こちらのおじさんの語は全く聞き取れなかった。電卓でなく翻訳機が必要だ。しかもアクセントを直すやつ。

ビームを操作する様子

こちらのおじさんは、先のおじさんたちがセッティングした経糸を、一本一本「heddle」という針に通していく、目が大変疲れそうな作業をしている。

このにっこり微笑むおじさんの先にある、無機質に並ぶ何百本の針がご覧いただけるだろうか。このおじさんは私に優しい笑顔を見せながらも、これから何百本もの糸をこの針に通すという試練と立ち向かっている。私は尊敬のまなざしで彼の説明に耳をかたむける。

経糸を織り機にセットする様子

「これ見てみな。何色の糸が何本、何番目の針に通るかすべて決まっているんだ。通す糸が一本ずれただけで、違うタータンになるからとても重要な作業だ。」と教えてくれる。

100まで通し終わり、15本目くらいの糸の色が違ったときは、どれほどの絶望感を味わうのだろうと勝手に想像してしまう。改めて彼の仕事ぶりに称賛の意を表したい。私が美しいキルトを作ることができるのはおじさんのおかげだったんだね。

ゴードン・タータンの設計表


2. Weft – 緯糸

織機ルームの様子

次に緯糸(よこいと)を織り機で編んでいく。緯糸は英語でWeftと言う。
※機械の音が大きいので、こちらの部屋での説明はありませんでしたが、以下に説明します。

1. たて糸おじさん達が完成させた経糸を、緯糸を織るための織機(しょっき)にセットする。
2. よこ糸おじさん達は緯糸に必要な色の糸を別途用意し、織機にセットする。
3. 各タータンの柄に合わせ、織機のベルト部分に何十個もの金属の棒(名前は知らない)をセットする。この金属の棒が、各色の糸が順番通り編みこまれる仕組みを作っている。
4. 機械を動かす。Heddles(経糸を組んでいる板)が上下に動き、Shuttle(緯糸を通す器具)が左右に動き、タータンがデザイン通り編まれていく。

以下の画像は、別工場で撮影したものになりますが、経糸が織られていく様子を織機の四方から撮影したものになります。是非ご覧ください。
※織機の音がとても大きいです。再生前に音量にご注意ください!



3. Check – 検品

検品ルームの様子

生地が織り終わると検品作業に入る。

機械を使っているとはいえ、糸を通したり紡ぐ工程はすべて手作業。そのため、織っている最中に糸が切れ、穴が開いてしまうことがある。ここでは大きな机を使用し、織られたばかりの生地を「糸レベル」で検品していく。これも大切な作業なのだ。

別室には、コットン地やポリエステル地を検品するレディ達がいらっしゃった。レディ達は聞くことろかなりのベテラン勢。一番長い方は、地元の学校を出た後すぐ工場に勤めはじめ、かれこれ40年以上勤めているとのこと。まさにタータン文化を影で支えてこられた方そのものである。

検品レディたち
50mほどある生地をものすごいスピードでチェックしていく
同色の糸を使用し一針一針縫いあげてほつれを補修する

「あなたもキルトを作ってるんだったらこれくらいできるでしょ?」と突っ込まれまれながら(笑)、実際にほつれをどう直しているかを見せていただく。同色の糸を使用して、糸が切れてしまっているところを新たに繋いでいく細かい作業。小さな穴であれば、ものの2分ほどで直してしまう。素晴らしい。

4. Cut – 裁断

発注の量に合わせて生地を裁断していくおじさん

続いては裁断。注文に応じてメーター数を測り、裁断し、発送準備をする。シャイな裁断おじさんは、写真を撮ろうとすると恥ずかしいとのことでそっぽを向かれたが、日本のみなさんにおじさんの雄姿をお伝えすべく、ここは堂々と撮影させていただく。ごめんねおじさん。是非、動画でご覧ください。

大量のタータン生地の在庫が積まれています
このような工程を経てタータン生地が出来上がる


番外編 – タータンデザイン室

こちらの工場では、実際に生地として生産されていないタータンも、受注生産として織ってくれる。そのため、工場にはタータンデザイン室が設けられいる。

様々なカラーの糸たち!

スコットランド・タータン登記所に登録されているタータンの数は、3000を超えると言われ、実際に私たちが生地として入手できるのはほんの一握りである。手に入れることの難しい家系タータンを持つ人たちは、こうして「特注」というかたちでデザイン室に持ち込まれ、デザイナーによって糸の選定、デザイン、生産へと仕事が送られる。

デザイン中のタータン
デザインルームには過去デザインされた様々なタータン見本が飾られている

以上で工場見学は終了。

通された事務室であたたかい紅茶とサンドイッチをいただきながら、社長が工場の歴史についてお話してくれた。1931年に創業してから一族でこの工場を引き継いできたこと。Weaver(生地を織る職人)の後継者問題や、原料コストの高騰など様々な課題と向き合いながらも、素晴らしいスタッフたちと現在まで続けてこられていることに感謝しているとのことだった。

スコットランドタータン普及のために日本で頑張ってくださいね。

社長とハグを交わしお別れした。

サンドイッチと紅茶をごちそうになりました


編集後記(ちょっと真面目)

イギリスは言うまでもなく、産業革命により織物産業を巨大化した代表国だ。そこには多くの人々が労働力として従事し、生産し、国を支えてきた歴史がある。

糸の原料には、奴隷貿易で捕らえられた奴隷たちが育てた綿花や蚕が使われた。今まで共同農業で生活していたイギリスの農家たちは、生地輸出が儲かることを知った資本家の囲い込み(エンクロージャー)により土地を奪われ、都会へ出て織物工場で働く労働者となった。織物工場では小さく身動きのとりやすい子供たちも働かされ、織機の下に潜り込んで危険な作業を強いられた。(実際に死亡事故もおきたという)
※このあたりの歴史はマンチェスターにあるScience and Industry Museumで勉強できる。

多くの人々の犠牲のうえに成り立っていた巨大産業は、今や存続が危ぶまれる文化産業へと変わりつつある。実際にイギリスで閉鎖した織物工場は多数あり、現存する工場も相次いで後継者問題を抱えている話を聞く。耳がおかしくなりそうなほど大きな音が一日中響き、油の匂いが漂う寒い工場で、糸と向き合う細かな作業をするよりかは、温かい暖房の効いたオフィスで、紅茶を横にパソコン画面と向き合うことのほうが現実は好まれるのだ。

先日キルトメーカーの間で話題となった記事
スコットランドの織物工場、職人が生地を織る時代が終息を迎える日を恐れている
– Scotland’s oldest weaver fears end of era of Scottish craftmanship is looming


ごしごし洗えて長持ちする化学繊維の登場と、コンピューターによる高性能な機械の登場により、世の生産にまつわる仕事で、人の手が加わる作業はさらに減っていくだろう。私はそれを決して悪いと思ってはいない。廃れていくもの、新たに生み出されるものが存在するのは、歴史上幾度と繰り返してきたことで、私たちが生きている今はその一部分にしか過ぎないからだ。この生地の歴史だってイギリスが先頭に立ち変えてきた。でもその反面、 心のどこかで全機械化、効率化、革新などのワードとは真逆の方向に惹かれていく自分がいる。

たぶんその理由は、自身がイギリス各地を旅して直接肌で感じたクラフトマンシップの「あ、いいモノだな。」という感覚がそうさせている。そう、ただの感覚。私はこの感覚の積み重ねが、人の生活と心を豊かにしていくと信じている。

今回工場を訪問して、アジアのどこかから突然やってきた見知らぬ女性に対してもフレンドリーに接してくれ、自らの仕事を一生懸命に説明してくれたスタッフの方々の人間味ある優しさや、細かな作業を淡々とこなしていく彼らの忍耐強い「労働風景」は、改めて私にこの生地を使いたいという思いに駆らさせてくれた。スカートをつくる過程で生地の穴の補正部分を見つけたとき、「これもあのおじさん達が直したんだよな~。」そんな風にこの人たちの顔を思い浮かべながらキルトを縫う。

Hitomi Kiltmkerのキルトとスカートは、私が実際に手にして「いいモノだな」と感じた生地でできています。その感覚を、是非お客さまにも届けたいと思っています。そして、手にしてくださった方ひとりひとりがこのイギリス・スコットランドの文化背景を知り、普段の生活が少しだけでも豊かになる、ひとつのきっかけとして存在してくれたらと、常日頃願っています。

20世紀前半の工場の様子

終わり

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